メガロザ会 オフィシャルサイト

6月30日 メガロザ番外公演 ステージのない猿芝居

メガロザ

目黒貴之

投稿日:

(メグロタカユキ)
 
 メガロザ主宰

 1974年9月29日 
 福島県伊達郡保原町(現/伊達市保原町)に目黒家の長男として生を受ける。

 「貴之」という名前は福島稲荷神社の神主さんに付けていただいた。
 


 保原教会幼稚園入園
 4歳でキリスト教系の幼稚園に通いだす。
 お昼には必ず森永乳業のマミーを飲んでいた。
 その経緯があるせいか、目黒演出の舞台/目黒の登場シーンでは
 マミーを飲みながら登場する事が多々ある。
 目黒マミーを飲みながら登場
 →相手役セリフ「何飲んでんの?」
 →目黒セリフ「マミー」
 →相手役セリフ「甘えてんな!!」
 といったように。
 また、初めてのお遊戯会での劇で主役に抜擢される。
 この頃から演じる事が好きだったようだ。
 お絵描き教室にも通い、「青空に浮かぶ雲の中に青空と雲を描き」、
 世界の広さを表現するなど独特な絵を描いていた。
 


 保原小学校入学
 学業成績は入学から卒業まで学年トップクラスを保っていた。
 また、運動も得意で校内のサッカー大会では2年連続で得点王と大会MVPに輝く。
 1年生の時の担任の先生がした幽霊の話を聞き、それ以降大人になっても夜が怖い。
 「死」や「病」などの漢字をみるだけで具合が悪くなる少年で、
 そのため漢字の勉強はしてこなかった。
 6年間毎日かかさず日記を付けていた。
 おねしょも6年間毎日かかさずしていた。
 学級会議の司会進行が得意な生徒でもあった。
 女の子からの人気度は上の下の下くらい。
 

 桃陵中学校入学
 入学式で入場してきた目黒の身体のあまりの小ささに
 保護者の席からドッと笑いが起きる。
 サッカー部に入部したかったが父親の許しを得られず体操部に入部する。
 学内のIQテストでダントツの学年1番だった。
 が、数学教師のイジメに合い勉強が嫌いになる。
 ヤンチャな先輩達に呼び出され、お叱り等をうけるようになる。
 6対1では袋叩きにあうので笑いを武器に戦っていた。
 番長グループには良くしてもらってもいた。
 高校受験に失敗する。

 

 聖光学院入学
 受験に失敗し泣く泣く入学。
 成績は良いし人気者でもあるが校則は一切守らない不良生徒だったため妬まれ、
 チンピラ生徒達のお叱り等を受ける。
 6対1でも戦っていたが勿論、袋叩きにあうことしばしば。
 毎日、毎時限の休み時間のたびに職員室に呼び出され、お叱りを受ける。
 が、一切引き下がらなかった。
 学校をサボっては映画館に通っていた。
 既に俳優になると決めていたので、
 つまらない生徒達とつまらない学校が大キライで悶々と過ごす。
 パンクバンドが好きになる。
 卒業文集には「僕はネクタイが嫌いだ。」とだけ書いた。
 制服がブレザーでネクタイ着用だったことと
 サラリーマンにはなりたくねえ、といった意味を込めて。
 

 上京
 上京。コンピュータの専門学校に通う。
 すぐに俳優業をやりたかったのだが、
 どうしたら俳優の道に進めるのか分らずにいたので、
 とりあえず上京。俳優になるために東京に行かすわけにはいかないという
 父親の反対があったのでコンピュータの学校に行くという名目で上京。
 が、住んでいたのは埼玉県与野市。
 近くに住んでいた親戚が勝手にアパートを契約したためである。
 我が人生、最悪の時が、このアパートで暮らしていた頃である。
 結局、7年間もこのアパートで暮らしていた。
 21歳で中村幻児監督の主宰する映像塾に入塾。
 やっと俳優の道へ進みだせた。
 仲間達と映画を撮ったりしながら過ごす。
 また、ジュノンボーイのコンテストでは書類審査で落ちる。
 女子の先輩が勝手に書類を送ったにもかかわらずに。
 24歳の時に雑誌に出ていた出演者募集の広告を見て応募し初舞台で主役を演じる。
 その1年後、仲間とメガロザを始動させる。

 

-メガロザ

Copyright© メガロザ会 オフィシャルサイト , 2019 All Rights Reserved.